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ペルソナは、本当の自分の敵なのか?

こんにちは。
株式会社ISDエデュケイションズ、服部真人です。

いよいよ5月、眩いばかりの新緑が目に鮮やかな季節となりました。
暦の上では5月5日に「立夏」を迎え、春の余韻を残しつつも、若葉が日差しに輝きを増す夏の気配を感じる頃です。
皆さま、連休はいかがお過ごしでしょうか。

さて、今月のコラムは、現代を生きる私たちが無意識に使い分けている「仮面」――心理学でいうところの「ペルソナ」についてお話しします。
「本当の自分でいなさい」という言葉が溢れる今の時代に、あえてその仮面の持つ意味を深く掘り下げてみたいと思います。

現代人が抱える「見られ続ける疲れ」

「本当の自分でいなさい」という言葉を、最近よく見かけるようになりました。
2026年のいま、私たちはSNSや動画を通じて、常に誰かに見られている感覚のなかで生きています。

あるアンケートでは、若い世代の約7割が「何もしない時間が欲しい」と答えたといいます。
「見られ続ける疲れ」という言葉も生まれました。

デジタルデトックスが、自分を守る休息として注目されているのも、こうした空気のあらわれでしょう。

そんな時代だからこそ、「素の自分に戻りなさい」「仮面を外しなさい」というメッセージが、優しい救いのように響くのだと思います。

しかし私はここで一度立ち止まって、こう問いかけてみたいのです。
——あなたが今かぶっている「仮面」は、本当に外すべきものなのでしょうか?

「仮面」は自分を偽ることなのか?

ユング心理学では、社会と関わるなかで使い分けるその役割を「ペルソナ」と呼びます。

語源はラテン語で、舞台俳優がつける仮面を意味します。

「職場での自分」「家庭での自分」「友人といるときの自分」

私たちは無意識のうちに、何枚もの仮面を使い分けながら生きています。

仏教には「随縁不変・不変随縁」という言葉があります。
出会う縁によってあらわれる姿は変わるけれど、その奥にある本質は変わらない  —  古人はそう教えてくれます。

仮面を変えることと、自分を偽ることは、必ずしも同じではないのです。

どちらの自分も「真実」である理由

私が長く関わっているISD個性心理学では、生年月日という客観的なデータから、その人が生まれもつ個性を分析します。
占いではなく、膨大な統計に基づく科学的なアプローチです。

ISDロジックを通じて見えてくるのは、人にはそもそも「本来の自分」と「環境に合わせる自分」の両方があるということです。

会社では論理的に、家では感情豊かに

その両方が、その人の真実なのです。
どちらかが嘘で、どちらかが本物、ということではありません。

先日、ある会員の方からこんなご相談をいただきました。
「会社では明るく振る舞えるのに、家に帰ると何も話せなくなる。外では無理しているのでしょうか?」

私はその方に、こうお答えしました。
「どちらも、あなたです。ただ、エネルギーの使いどころが違うだけですよ」

仮面は、必ずしも本当の自分を覆い隠すものではありません。
むしろ、相手を思いやり、場を整えるための、温かい贈り物であることもある。

問題は、仮面の存在そのものではなく、自分がいま「どの仮面を、なぜつけているのか」を意識できているかどうかではないでしょうか。

仮面を「選ぶ」という新しい生き方

自分理解とは、仮面を全部外して裸になることではありません。
自分が何枚の仮面を持っているのかを知り、必要なときに必要なものを、自分の意思で選べるようになることです。

そしてそれは、相手理解にも繋がります。
目の前の人がいまかぶっている仮面の奥に、どんな個性が息づいているのか。ISDはそのヒントをくれる道具です。

AIがますます私たちの仕事や対話に入り込んでくる時代です。
だからこそ、人と人の関係においては、「あなたという個性を、私はちゃんと見ていますよ」という、温かいまなざしが、これまで以上に意味を持つように思います。

今日、あなたがつけている仮面は、誰のためのものですか。
そしてその仮面の下で、あなた自身は、どんな顔をしていますか。

——その問いに、静かに耳を傾ける時間を、ぜひこの五月の連休のあいだにつくってみてください。

それでは、また来月。良い五月をお過ごしください。